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まだ二回生

久しぶりです!遅くなってほんっっっっっっとにすみません。
 これまでの経緯や気持ちを伝えたかったので一所懸命書いてましたが、途中さぼってしまいました(笑)すみません。
 さて、拓真は布石としてタイトルを付けてくれたのでしょうか、僕は今、「まだ二回生」です。神戸大学発達科学部人間形成学科というところにいます。学部は異様な名前ですが、簡単に言えば人の発達(育ち)について学ぶ学部です。形成・環境・行動・表現という4つの学科があり、僕がいる人間形成学科は、一応教育と心理を両方学べるところが特徴です。
 ほんとは大学生活についても報告したいのですが、そちらはまた別の機会にSNSなどで書こうと思います。今回は、僕が受験期の時にくじけた経緯と、自分なりに考えた「そのような状態に陥った要因」と、皆への感謝の気持ちを書きました。

【くじけた経緯】
 まずはくじけた経緯。
 受験期になって実力不相応ながら志望校を東大に決めたのですが、それは東大の野球部で野球がしたいと思ったからなんですです。高校野球が自分の未熟さに加えて怪我もあって不完全燃焼で終わってしまい、「もう一度国高野球部のような場所で野球がしたい」と思った時に東大野球部のことを知り、①実力がそこまで無い自分でも頑張れば試合に出られそうなレベルで、②他の強豪私立五大学相手に神宮球場(大学野球の甲子園みたいな場所)で試合が出来て、③寮生活ができる、という点が魅力的に思えました。
 ところが、現役のときは足切りで駿台お茶の水校3号館で浪人することになったのですが、10月から駿台に行かなくなり、家にこもりきりになり、その後結局一浪の時は受験をしませんでした。その後周りの人の助けと、一浪での受験機会が無くなって気持ちがやや切り替わったこともあり、宅浪で二浪目を始めました。二浪目も激しい浮き沈みを繰り返しながらも友人に支えられ、秋頃にはやっと現実的な判断を下して志望校を今の大学にして、なんとか最終的に合格できました。

【要因】
 最初に予備校に行かなくなったきっかけ自体は、休日やらなきゃいけない予習を怠けてしまい逃避したことなのですが、そうなった、またその後すぐに改善できなかった要因を自分なりに考えると、
 ・多少完璧主義だったこと
 ・後悔してうじうじしてしまう性格で、「やるべきことをやらないで後悔したとしても、切り替えてその時できることをやるしかない」という考え方が出来てなかったこと
 ・浪人時代を通して、「勉強しなきゃ」と焦って予備校で友だちを作ろうとしなかったこと
などが挙げられます。ただ最も大きかった要因は、僕が色んなことを親に責任転嫁したことと、友人に自分の弱さをさらけだしていなかったことだと思います。ここからはそれについて書きます。

〈親のせい〉
 まず親のせいにしたことについて。
 僕は高校時代から、野球部のチームメイトを始めとする周りの国高生と自分を比較した際に、野球や勉強においての能力よりも、「やるべきことをちゃんとやる」「物事を継続する」という点に関して自分が弱いことを強く感じていました。ただそういう物事に対する行動習慣のようなものは、意志の強さで片付けてしまえばそれまでだけど、家庭環境が与える影響が大きいと考えた僕は、「なんで自分はそこが弱いんだ」と考えた時に、親のせいだ、と考えてしまったのです。
 親に対しては、時間を経て色々話をしたり、それによって当時自分が見えてなかった苦労を知ったりした結果、今では当時と見方が変わりました。人生の先輩として悩みに適切な助言をくれるので、困った時には相談するようになったし、尊敬してる面もあります。
 ただ、確かに "困ったちゃん要素” は結構持っていた親だったので、当時の僕は「他の人の親はこんなんじゃないんだろう」と判断し、「親がこんなだから自分はやるべきことをやるという習慣が身に付いてないんだ」とか、「皆はこんな散らかってたり家事が十分に行われてないような家で暮らしてはいないんだ」、「確かに改善するのは自分次第だけど、そもそも親がしっかりしてる人は最初からそうしたことと闘わずに自分の能力を伸ばすことに専念出来ている、不公平だ。」とか考えたりしてました。
 そして浪人で予備校に行かなくなった時に、その考えに完全に寄りかかってしまったんです。つまり、「今時分がこんな状態なのはお前らのせいだからな!」的なスタンスをとったわけです。
 自分が出来ることを100%やれてないのに、そうやって親のせいにすることで、自分が出来ることをやれてないことから目を背けていたんですね。

〈友だちに悩みを話すということ〉
 中々そのような考えから抜け出せなかったのは、友だちにそうした自分の考えを話さず、自分の中にずっと留めていたからだと思います。今思えば、話すことで自分の考えの妥当な点と間違っている点を客観的に教えてもらう方がよっぽど良いし、周りの友人もどんなことを言っても大抵はまず受け容れてくれることも今なら分かっていますが、当時は、そんなことを言ったら拒絶されるんじゃないかとか、言っても理解してもらえないだろうとか思って言えなかったんだと思います。

【成長】
 ただ、時間はかかりましたが、今こうして皆に自分のことを伝えられるようになりました。それは友人と話したり自分と向き合ったりする過程を通して、
 ・「発達には個人差がある」
 ・そんな自分でも受け入れてくれる。同じ場所で共に時間を過ごしたら、小さなことは関係ない
 ・皆と関わっていって、悔しさく思ったとしてもその分刺激も沢山もらう方がよっぽど良い
といったことに気付くことが出来たからです。

 6組の皆には本当にお世話になりました。
 よっしーは僕が二浪でだめだめだった時に京都に行った時、話を聞いて助言をくれました。たっちーと吉澤さんは、僕がICUの情報教えてと言ったら快く教えてくれました。ふじけんととっきーは二浪前に電話で相談にのってくれました。中島はぼくが神大に受かって京都に行った時に話を聞いてくれ、「禄は気付くのが少し遅かっただけだよ」と言ってくれました。小川将はつい先日、「今辛くても、長い人生から見たら大したことではない」と言ってくれました。たくまは僕が引きこもっていた時に家に来てくれました。清本はずっと声をかけてくれていました。そして佐藤先生。家まで来て話を聞いてくれ、キャッチボールの相手もしてくれました(笑)。ここに挙げた人たちだけでなく、クラスの皆が自分のことを気にかけてくれていたことを、受験前の書き込みや、二十歳祝いの飲み会の時に感じることが出来ました。今回このブログを書くにあたり色々振り返って上記のことを思い出しましたが、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ひとりひとりに、改めて伝えたいです。本当にありがとうございました。
 皆に刺激を与えることは出来ないかもしれませんが、そこは僕が皆からもらった刺激を糧に成長し、誰か他の人に刺激を与えられたらと思います。

 今回自分の今までを振り返って、遠回りはしたけど、周りの人に支えられて少しずつ成長してきたことを確認できました。ブログ回ってきて良かったです。前を向いて、自分が出来ることをやっていこうと思います。

 以上です!最後まで読んでくれてありがとうございました。
 次は東工大野球部主将に就任された清本君です。

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Secre

No title

ガチ長文でワロタ

いろんなことあったんやなあ・・・(小学生並みの感想)

ちょうどDaigoがツイートしてたわ

@Mentalist_DaiGo: 環境のせいにするのをやめよう。環境や他人など、自分でどうすることもできないことに原因を求めてしまうと、結局自分は無力で何もできないと思い込んでしまうようになる。未来を掴むために大切なのは原因を探すことではなく、自分にできることは何なのかを探すことだ。

それでも視野が狭くなって周りのせいにしてしまう時は誰にでもあるのかもね
大事なことに気づかせてくれる友達は偉大だね
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プロフィール

さとうけんじ

Author:さとうけんじ
2011年度都立国立高校3600。
国高きっての茶番クラス。
平成21年4月発足後、目に
見えない何かを着々と積み
上げてきた。

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